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素の自分を軽やかに生きることを応援するライフコンサルタントです

織姫と彦星は、いつも一緒

夕べは七夕の夜で、七夕は「織姫と彦星が1年に一度会う日」

うーん(悩)
ちいさいころから、ずっと謎だったんです。
にんげんの1年間と、神様の1年間は同じ長さなのか?
ということ。

織姫と彦星は、人の願いを見届けてくれるから、きっと神様だ。

※七夕かざりの短冊に願いを書いてつるしますよね?


人は100年もすれば亡くなってるけれども、神様はもっと長生きをしているはず。

そんなに寿命が違うのに、1年の長さは人の感覚と同じ長さなんだろうか?

 

同じ言葉や単位を使っても意味するものは違う

日常生活で「一瞬」と表現するとき、ほんの数秒、あるいは1秒よりも短い時間を示しているのではないかと思います。これは、一人の人間が体感できる時間の長さとしての一生(100年程度)を基準に、時間を見ているからです。


地質学的に「一瞬」と表現される時間は数百年オーダーだったりします。これは、地質学が地球誕生から現代までの38億年もの長さを大きな一つの流れでとらえ、それに対しての「一瞬」という話し方をするので、数百年でも「一瞬」と表現できるのです。

 

神様の一生は何年くらい? ヒトより短いとは思えないので、宇宙単位だとしたら? 神様にとっての「一瞬」とは、どれくらいの時間になるのでしょう? 神様の視点で「1年」という長さをみたら、人間のまばたきする時間か、もっと短い間なのではないでしょうか?

 

とらえ方の違いに気を付ける

立場や状況、育ち方の違いで、同じものを見ても、同じ時間を過ごしてもとらえ方が違ってくる。このことは、気を付けておきたいと思っています。

どのような意図をもって、そのことばを使っているのか?
ことばを使う時の意図をくみ取る作業。これが、コミュニケーションや思考のとっかかりとなっているのではないでしょうか。

神様が1年離れていても、まばたきするくらいの間?

人の時間間隔でみたとき、1年に一度「しか」会えない。となりますが、
神様の時間間隔でみると、1年に一度「も(かなり頻繁に)」会えている。
となっているのではないでしょうか?

でも、好きあった同士なんだから、ずっと一緒にいたい気持ちがあるんだろう。
だから、少しの間も離れたくない。という感覚なんだろうか?
そう考えると、かみさまもなんだか、かわいらしい気がしています。

 

でも、昔話(神話、言い伝え)のなかのあらすじは、こんな感じ。

織姫は彦星と出会ってから機を織らなくなり、彦星は牛の世話を怠けるようになった。だから、怒ったかみさまが二人を引き離し、年に一度だけ会えるように取り計らった。

 

このあらすじをみるかぎりでは、1年に1度しか会えないのは十分に罰となっている。だから、人と同じ時間の感覚で考えていいのかな?

 

なにはともあれ。

夕べは星が見える天気だったから、無事に年に一度の逢瀬を楽しんでいたんだろうな。よかったなと思ったのでした。