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vivere

素の自分を軽やかに生きることを応援するライフコンサルタントです

見えないけど、そこに在る世界

見えないものと共存していると、気味悪がられるだけでいいことないかなと思っていたけれども、面白がってもらえることも増えてきて。居場所(いてもいい場所)が少しずつ増えてきました。

いまも、気配に敏感で、聞こえない音を聞き、見えない光やうねる空間と共存し。ひとりでいるときの話し相手がみどりのひと(小人のおっさん)。小さいころは、人の死が近づいてきていることを話して気味悪がられ、夢見を当てれば気味悪がられ。なんか、見えないものと共存してるのって「罰せられる」ことで、居場所がなくなるという意味なんだと理解していました。

それが、最近、ようやく。そういう話をしても以前ほど「罰せられる」雰囲気が少なくなってきてよかったなと思っています。自分の持っている感覚や表現を、そのまま表現できるほうが、楽にいられますもの。

見えないけれども、そういう世界に興味をもってお話ししてくださる方も増え、少し居場所が広がったように感じています。また、ありがたくも、いろいろなご縁で出会った”そういう系統(笑)”の知人も増えてきて、さらに居場所が広がってきて、嬉しく思っています。

見えないけれども、そこに在る世界が「ない」とするなら

見えない世界が見えてしまうのは、精神的な病、脳の病気、あるいは、異常発達した聴覚等を有しているから生じる場合もあるはずです。必要に応じて治療を受けることで、気味悪がられる自分と離れられたら、居場所ができるかもしれないと考えました。

そこで、一般的な心理状態、脳の働き、精神性発達の方向性、社会的に見た場合の真理の発達原理。様々な本や論文を読みました。けれども、どれも決め手に欠けていて、わたしはどの病気にも該当しない(治療の方法がない、治療の必要がない)のではないかと思いました。

うつ病と診断されたとき、通院する過程の中で、「透明な瓶に閉じ込められて、そのなかから世界を見ている感じ」は離人症という症状で、医学的に説明のつく状態だと分かりました。症状を観察し続け、離人症の出てきそうな感覚がつかめ、早めに平常の感覚に戻れるようになりました。

また、見えないものを見ている状態がおこる病気として、「解離性障害」「統合失調症」「境界性パーソナリティ障害」などがあるとも知りました。最終的に、わたしは「解離性障害」に該当することもわかりました。「解離性障害」のしくみや治療法を調べていくことで、平常な状態を保つための工夫や自分で気づけていなかった心の癖を見つけられました。

それでも、人の気持ちがステレオ音声的に聞こえてしまうとか、触るとぼんやりした思いが皮膚から入ってくるとか、そういう不思議は起きない気がしました。

つぎに、聴覚や視力など、医学的に数値測定できるものを調べてもらいました。わたしの聴覚については、一般的な範囲よりも可聴域が広いことがわかりました。視力は、0.1未満であまりみえてなさそう(笑)。わたしが脳波検査中にひかりをみると、眠るときのような脳波が出てたようです。もしかすると、起きたまま、眠りかけているときに光を見ているのかもしれません。

たまたま数値的に検査する機会をつなぎ合わせて、お医者さんにも聞きまくってみましたが、「目に見えないけれど、そこに在る世界を「ない」と言い切れない」と思います。だからといって、確実に「ある」とも言い切れないのですが。

見えない世界は、何を伝えたいのか

意図せず、見えない世界から受け取るメッセージは、おそらく大きなデータベースのなかから、こぼれてきたものなのではないでしょうか。(でも、わるそうなものが吹き込んでくるメッセージもあるから。注意は必要かもしれません)

おおきな存在であるものが、ヒトに対して「今の時期に、とくに知ってほしい。」と思われた言葉が、いろいろな手段を使って私たちの日常に落ちてくる。あるひとはそれを音楽で表現し、ある人は絵画で。あるひとはイラスト、もしかしたら、アニメやドラマといったものに変換されてるかもしれない。小説だって、その1種かも。

そう思ったら、そのすべてを受け止めて、人に伝えていくこと。その真理となるものを明らかにするため、受け取った本人ができる範囲で行動におこすこと。それが、大切なんだろうなと思います。わたしも、reading内容については、考察し、自分自身の行動につなげていっています。

それでも、現象世界(この世)を堪能する

さいきん、やたら不思議系の話をしているのは、単純にうれしいからです。もう、不思議な話をタブーとし全て隠そうとする必要性を、わたし自身が感じなくなったからだと思います。

不思議系の話をするのは、自分の見えない友達のみどりのひととくらい。「普通の会社で、普通に見えるように。常識的に働いて」いたから、不思議なお話とは無関係な顔をしていました。この数か月は少しずつ、プライベートで不思議なお話しすることもあったけど、意識的には「こっそり」やってるつもりでした。それを全開にしていいときが来た、と思ったら、これまでのうっ憤を晴らすように(笑)、不思議な話をしておきたくなりました。

わたしは、決して、見えない世界だけに重きを置くわけではありません。だって、人間ですから。肉体を持ち、今、この場所で。確実に生きている。せっかく持って生まれた、わたしの肉体。物質として存在するものも持っているのに、現象世界もじゅうぶん堪能しなきゃ。

自分の関知しうる、すべての世界を堪能し、肉体としての命を全うしたいと思っています。