VIVERE

素の自分を軽やかに生きることを応援するライフコンサルタントです

サクラからきくもの

サクラ。咲く季節。

ちょうど、田植えの用意を始める時期に花咲く花です。

 

サ = 穀物のかみさま

クラ= 神の居る場所。神座。

穀物の神が宿る場としてのサクラ。

 

 

まだまだ寒い季節、2月だった立春

そこからはじまった霊のめざめの儀式もいよいよ終わりを迎え

とくとくと息づく霊が動き始める季節にサクラが咲く。

 

サクラが咲くから、霊が起きるのか。

霊が起きるから、サクラが咲くのか。

 

 

立春におこなった予祝(よしゅく)。

  ことしも豊かに花開き、実るとしになりますように。

  ことしもしあわせにすごせますように。

 

そのはじまりの風景がサクラ咲く風景につながる。

 

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おひさまのなかで雲のようなサクラ

 

サクラのはなを今年も見に行ってきました。

 

花見は、かみさまと分かち合うための習慣。

直会(なおらい)の習慣にもつうずるものがあります。

これからの喜びを、あらかじめ人のからだのなかに分けてもらう儀式。

これからのしあわせを、あらかじめかみさまと祝う時間。

 

 

ことしは、だれとお花見をしましたか?

 どんな気持ちで花をながめましたか?

 

サクラの下で「ふと」うかんだことばはありましたか?

 

 

大切なひとたちと過ごす、大切なじかん。

あなたの「次」のステージへつながる大切なメッセージ。

ヒントを受け取って、実りの季節へ向かいましょう。 

 

平らかに在る

春は「動く」とき。

じぶんの内にわきあがってくるモノを確かめることが必要なとき。

 

わきあがるモノの「はじまり」がどこにあるのか??

 じぶんのたましいから反応するものであるか。

 他の基準からつれてこられたものであるか。

それを「正しく」確かめておくこと。

 

わきあがるモノを確かめるには、

清く、澄んだ。

おだやかに、たいらかな。

単純にもみえるようなチを用意すること。

 

 

乱れているチ

雑多なチ

そのなかでは、

わきあがるモノのこまかな様子、型をみることが難しくなる。

 

清く、澄んだ。

おだやかに、たいらかな。

単純にもみえるようなチであればこそ、

わきあがるモノの様子、型は浮かび上がって見える。

 

穏やかに。たいらかに。

ありがたい「日常」に意識を向けること。

それが 単純にもみえるチを作ることになる。

 

~~~以上reading.「さにわ」のお話より。

 

 

周囲の雑多なものを、とぎすまし。

じぶんにあう情報量へとしぼりこんでおく。

 

日々、中庸に。

あたりまえに思える、しずかなしあわせ。

 

たいらかな場に身を置くことで、たましいの声をみつけやすくなる。

暦を暮らしにたのしく取り入れる

この1年くらいは特に。暦に夢中です。

 

一般的なカレンダー(グレゴリオ暦)も使っていますが、

日本の風習としてのお節句やおまつりを知るには旧暦や節句の確認も必要になり、

月の満ち欠けを主軸につくられたカレンダーも併用して使っています。

 

旧暦や節句の考えをまとめるために、先日、アメブロにて「立春のお話」を書きました。

ameblo.jp

上リンクのざくっとした内容紹介

 <これ意外と区別してない方がいらっしゃったようでコメントいただきました。

  • 太陽の動きによって定められた日付と
    月の動きによって定められた日付とで、気配に違いがあります。

 

カレンダーの日付を決めている基準としたものによって、

ヒトの暮らしにどう生かすかといった着眼点が変わります。

積極的に使いたい場面がおのずと決まってくるのです。

 

太陽は、宇宙の動きをしめす存在。

宇宙(天上)の動きは地上に反映されるとするならば、人のたましいのうごきとも関連付けることができます。
節句、農業の暦はこちらのグループ。

 

一方で。

月は霊性。潜在意識とでもいうような、意識下に在る大きなかたまりとなった世界。

すべてが個でありつつ、ひとつの大きな集団となる、まるっとまんまるの世界。
旧暦はこちらのグループ。

 

 

カレンダーや暦を調べていくと、その興味は天体を使った”占い”へとむけられてゆきます。

西洋占星術的に天体配置を確認したり、

13の月の暦のカレンダーで日付のエネルギーをみてみたり。

 

カレンダーで示される日、天体の動きによるマーキング、

それらの違いは、ヒトのこころや行動に影響どれくらいあたえるんだろう?

 

調べれば調べるほど、どきどき愉しさが増してくる♡

 

 

あらためて気にし始めた暦、天文。

そして、会社員のころからやってた気象、天体、地質、水理・土地(風水)。

生活の中に自然と存在していた季節ごとの様々な祭祀や行事。

これ、ぜんぶをミックスしたら今様な”陰陽師”のできあがり??(笑)


これからは、暦をたのしく暮らしに取り入れることについても発信してゆきます。

見えないもの、みえない世界から届けられるメッセージ

見えない世界のものたちは、

 終わりの向こうから、この世界に重なる空間へやってきている。

終わりを知り、いまに重なる意識のものたち。

いまを過ごす命たちの伴走者となって、

 生きるわたしたちを見守り励ます。

 

 

「終わり」ってなんだろう?

  ものごころついたころから、わたしのなかにある「なぜ?」

   「終わり」のことを明らかにしたい、解き明かしたい。

 

ひとは、形を変えて「終わり」を繰り返す。

 終わりがあるから、始まりがある。

始まるがあるから、終わりがある。

 

終わりを知るためには、

 はじまらなければならない。

 動かなければならない。

動かなければ、「終わり」を知ることも明らかにもできない。

 

 

見えない世界のものたちは、わたしたちがより善く動けるようにことばをかけてくる。

 他のひとの口をとおして、

 わたしたちの目に触れる文字を使って。

 

ふとしたときに、繰り返し耳にする言葉。

 ふと手に取った本、目にした文字。

そういったものを通じて、メッセージを送ってくれる。

 

送られたメッセージを、どう暮らしに生かすかは私たち次第。

 

 

 

 修正:2018年2月4日;複数持っていたblogをVIVERE[ここ]に統合させました。記事更新日は引越し前と同日としています

魂の約束、たましいの使命の行方

生まれてきたその瞬間、
わたしたちは”魂の約束””たましいの使命”への回路を閉ざすようにできています。
魂の約束を思い出せないまま、生きることを選ぶのです。

魂たちにとって この世界に生まれ生きることは
”どきどき、わくわくのエンターテイメント”です。
 宇宙のなかで地球ほど、生まれたい魂が待ってる星はないらしい…

”どきどき、わくわくのエンターテイメント”を味わうために、
ネタバレになってしまう”魂の約束”を思い出せないようにします。
 魂の約束、そのものを忘れてしまうわけではなく、
  そこに至る回路が隠される感じ。


魂の約束とは?
生まれる前に決めてきた「この人生で成すこと」です。
魂の約束は、それぞれのひとで違っています。
 だれかと出会い、そこで生じる感情を味わいに来た魂。
 おいしいものを食べると決めてきた魂。
 ほかの魂も巻き込んで大きな集団でことを成しにきた魂。
じつに、様々な約束を自ら決めて、この世に生まれてきます。


 どうすれば、魂の約束を実現できるかな??
魂たちは、その思いをかなえるために、
生まれてくるときの身体と育つ環境を、自分で選びとります。

 だから、誕生前の魂たちによる身体の見学会があったりします。

生まれてくるときに選ぶ身体は、魂の約束を成すのに適したからだ。
 歌を歌う魂は、歌が歌いやすい体を。
 踊る魂は、踊りに向いた身体を。
それぞれ、好みのかたちを選んで生まれてくるのです。

 あの環境で育ちたいから。
 あの家族に囲まれたいから。
生まれてくる環境をはじめに決めて、出てくる魂もいます。


生まれてくるときに選ぶ環境は、
魂の約束を成すにはかけ離れた環境であることも、しばしば。
それは、
 魂の約束を成すための勉強や練習のために必要であったり、
 魂の約束が実現するときのどきどき感を味わうためだったりします。

ですから、
じぶんの持つからだ感覚や育った環境は、魂の約束を思い出すヒントになるんです。


あなたは魂の約束を思い出してますか?

わたしも少しずつ、削り出すようにして思い出してきてます。
 思いを試してみては、体の中の反応を探り、調整する。そんな感じ。


夜や朝早くなど、まわりが静かなときに。
じぶんの体の中に起こる反応をめじるしにして。
 あなたも魂の約束を思い出してみませんか?

 

 

 修正:2018年2月4日;複数持っていたblogをVIVERE[ここ]に統合させました。記事更新日は引越し前と同日としています

「ひとり」分の魂が人として生まれる前のこと

輪廻転生。

ひとは繰り返し生まれなおしてくるという考えがあります。

でも実際のところ、

ひとつの魂は、まったく同じひとつの魂として生まれなおすことはない、と精霊さんに教えていただきました。

 

ひとつの魂として存在する前は、
 たましいの集合場所で大きなひとつのかたまりになってたまっています。
 その集合場所は”無意識”、”潜在意識”、”宇宙”、”大いなる場”だったり様々な呼ばれ方をしています。

そのなかにある とある意思が”〇〇したい”と願ったとき。
そこに賛同するいろんな成分が寄り集まって、ひとりの人の魂となるのです。

ですから、ひとりのひとがそのまま転生してくることはありません。

前世のたましい成分を見てみると
 Aさん40%+Bさん25%+Cさん20%+Dさん15% のように、
入り混じって、新しい”人格”として生まれてきます。 

この前世のたましい成分が
 Aさん99%+ほか1% のように入り混じった場合には
前世からそのまま生まれなおしたように転生したと感じることもあるかもしれません。

 

たましいの集合場所で、”〇〇したい”と願ったとある意思は、それに賛同して集まって出来上がった魂が人として生まれた時、その人のたましいの約束・使命・契約となります。

 

魂は、人として生まれてくるときにその体を選びます。

魂のやくそくを果たすのに適した体を選ぶのです。

だから、身体は「たましいの初期契約書」

魂の約束や使命、契約を刻み付けた器が、じぶんの身体。

 

からだ感覚と対話しながら、今を生きること。

それが、たましいの使命・契約に沿った生き方になるのです。

 

 

 修正:2018年2月4日;複数持っていたblogをVIVERE[ここ]に統合させました。記事更新日は引越し前と同日としています 

「求める」には強い想いを

 「求めよ、さらば与えられん

これは、願い続ければ、願いはかないます。といった意味で

引き寄せの法則を補足する説明のときに見かけることが増えたことば。

もともとは、聖書にあることばの一部です(文語訳;マタイによる福音書 第7章7節)。 

 

先日、お目にかかった聖職者さんとのお話で

「求めよ、さらば与えられん」のことばの意味が、

聖書の中で使われていることばと比べて、さらっとしたことばに聞こえてしまいますね。とお聞きしました。

聖書のなかで用いられている「求めよ」とは、もっと切実であり、より強く激しい思い。

 

聖書で使われている「求めよ、さらば与えられん」は、状況で例えるならばこんなイメージ。

とある古代都市の門の前に、閉門された時間直後に到着し、

 今すぐ、この門を開けてもらって古代都市の中に入れなければ、

 今晩の内にも夜盗に襲われて命がなくなってしまう。

 

 だから、必死になって「入れてください」と門をたたく。

  たたき壊さんばかりの激しい勢いをもって、何度でも。

  繰り返し繰り返し門をたたく。

 

 求め続けなければ、いのちがなくなってしまう。

 強く門をたたき続けなければ、分厚い壁に隔たれてその声が届かない。

 いのちをかけた、必死の求め

 

そのくらいの必死さ、激しさでの求め。

しつこいと思えるくらいに何度でも、切々と求め続けているのです。

 

 

願いをはっきりとさせ、その成就を望めば

引き寄せの法則によって、願いはかないます。

願いの成就を「求める」思いの強さは、どれほど真剣でしょうか。

 

願いは、はっきりと明確に。具体的に。

そして、

何度も続けて繰り返し求めること、

激しく強く求め続けること

 

そうすることで願いの成就は加速されるのです。

さて。
あなたのもつ願いは、
 具体的で明確な願いとなっていますか?
 繰り返し、願い続けていますか?
 強い意志をもって願っていますか?

 

...わたし自身も、願いを求めることについて改めて考えてます。

それほど、強い想いで願っているか。

 

強い想いを持つ以上は、じぶんのその願いにかなり具体性を持たせて、

じぶんも行動をしながら成就をまつようにしたいです。

 

 

おわりに、聖書より言葉を引用しておきます。

求めよ、そうすれば、与えられるでしょう。

捜せ、そうすれば、見出すであろう。

門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるだろう。

すべて求める者は得、捜すものは見いだし、

門をたたく者は開けてもらえるからである。

 ~引用「聖書 口語訳」 マタイによる福音書 第7章7節8節

 

 

 修正:2018年2月4日;複数持っていたblogをVIVERE[ここ]に統合させました。記事更新日は引越し前と同日としています